幸運の「兆し」とは?

メルマガ「運命の人に出会い・・・」から。

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●兆し(きざし)
「兆し(きざし)」という字は、昔、占いに使われていた形を表しているそうです。吉凶を占う形により、「兆」という字は真ん中が空いて二つに割れています。では、どうしたら、「吉兆」を得ることができるのでしょう。

●運命の分かれ道
それは、どうやら良い「前兆」に向かう態度によって変わるようです。良い前兆が起きていることに対して、二つのパターンの人がいるようです。これが、吉凶の分かれ道になります。『夢を実現していく人』と『幸運を逃し衰退していく人』の分かれ道です。良い前兆が起きた時に「あなたはどのような態度をとりますか?」

●眺める→逃す
勇一郎の周りで成功に向かう人と成功を逃す人を見てきました。そのような人たちを見ているとチャンスや才能がないから、夢を実現できないのではないように思います。それよりも言い訳や理由をつけて、一歩を踏み出せない人が夢を実現できないでいるように思えます。そのためせっかくの「前兆(チャンス)」が到来しているのにチャンスが訪れたことだけに歓んで、自分では何も行動せずにそれをただ、「眺めている」だけで何もしようとしない人がいます。こういう人のことを最近では「もったいない」といいます。「棚からぼた餅」を見つけてもそれを眺めているだけではぼた餅はいずれカビがついてしまい、食べれなくなります。つまり、前兆に対して行動しないで眺めていると兆しは逃げていってしまい、吉兆を逃して(のがして)しまうのです。では、どうしたら、「吉兆」を得ることができるのでしょう。

●チャンスと決心
『夢を実現していく人』は、「前兆に向かっていく人」です。つまり、良いチャンスが到来したら、すぐにチャレンジすることを決心して、行動に移していきます。成功哲学でも「決断力」は重要なポイントになります。ですから、自分で『決める』のか『断る』のかを決心する力を養うことが必要です。「私、優柔不断なの~」なんていっている人がいますが、そういう言い訳をしている時点で、幸せから離れていっています。優柔という高度な意識ではなく、ほとんどがただ、決断が鈍い人が多いようですね。『チャンスは後に保存しておくことはできないのです。』決断する時には、確実性が必ずあるとは限りません。最善をつくして、確実な方法をとるのは必要ですが、必ず勇気をもったチャレンジが必要になります。

●兆しを手にする
チャレンジを日本語に訳すと「挑む」という言葉になります。「挑む」とは、「手ヘンに兆し」と書きます。つまり、良い兆しに「挑む」ことで、兆しを手にすることができるのですね。

●日本一の桃太郎
桃太郎も鬼ヶ島に挑んでいきました。途中で仲間たちと『きび(吉備=吉が備わった)団子』を分かち合いながら鬼という試練に挑み、最後にはたくさんの宝を手にして帰ってくることができました。人生の中で兆しを眺めているだけで、一喜一憂して新たな兆しを活かして、自分を向上させることに挑むことをやらないでいると、やがて兆しは逃げ去ってしまい代わりに試練ばかりがやってくる人生に変わっていくようです。試練を無視して、ただ、試練が通りすぎるのを待っていても一旦通りすぎた試練はしばらく経ってまた、やってくるようです。まるで鬼ヶ島の鬼のように度々あなたの前に現れて次から次へと大切な時間やお金、仲間、体力、健康を奪っていきます。自分と向き合い、反省し、感謝し、試練に向かって勇気を持って挑むときに大きな幸せと奇跡が訪れるようです。常日頃から、たくさんの人と幸せを分かち合いながら、仲間をつくり、試練を乗り越えてはいかがでしょうか?先日お話をした、『多得る』と同様に勇気を持って『挑む』ことで多くの宝を得ることができると思います。あなたの人生が輝くことを祈って・・・
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by nakao312 | 2005-08-02 23:59 | WisdomWords


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